コラム : 涙

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  憧れ、期待、羨望。それらは時に計り知れないほどの重荷となって人に襲いかかる。

 

  2018-19シーズンが開幕してから1ヶ月、例年よりもベンチを温める時間が増えたアルゼンチンの“宝石”パウロ・ディバラを苦しめていたのは恐らくそれだ。

 

  代表チームではリオネル・メッシと、所属クラブではクリスティアーノ・ロナウドと。「世界最高」の評を二分するフットボール界のスーパースター2人とプレーすることを許された世界でも数少ないプレーヤーであるディバラは次世代のバロンドール候補の筆頭として世界中のフットボールファンから期待を寄せられている。

 

  また、ユベントスの選手としてかつてロベルト・バッジョアレッサンドロ・デル・ピエロら偉大な英雄たちが背負ってきた栄光の背番号「10」を任された彼は、その端整な顔立ちも相まってティフォージから絶大な人気を集めている。

 

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  得点力も高く狭いスペースでも巧みなボールタッチで相手のディフェンスラインを流れるようにスルスルと抜けていくその彼の才能に疑問を持つ者など、この広い世界のどこを探しても見つからないだろう。

 

  しかし、傑出した才能をただ並べれば試合に勝てるほどフットボールというのは単純なものではない。選手それぞれの特徴を活かした配置や戦術など、様々な要素が絡み合って初めてチームというものは成り立つのである。

 

  「メッシとの共存は難しい」

 

  こう評したのは前アルゼンチン代表監督のホルヘ・サンパオリだ。彼は誰もが認めるスーパースターのメッシを中心としたチームを作りあげW杯ロシア大会に臨んだ。彼の選んだ23人の中にはもちろんディバラの名前もあった。

 

  しかし、ディバラの出場時間はグループステージ第2戦のクロアチアとの試合で後半からプレーした約20分のみとごく僅かなものとなった。

 

  「ディバラとメッシの関係性を築く時間が今はない。それよりももっと他の部分を詰めるべきだ」

 

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  そう話し、2つの偉大な才能は混じり合うことなく大会は幕を閉じた。皮肉にもアルゼンチンはフランスとの壮絶な打ち合いの末、僅か1点の差でひと足先に大会を去ることになるのだが。

 

  そして代表チームでの活動が一旦終わり、ユベントスの選手として新たなるシーズンに臨むディバラは今度はこの夏に新たにチームに加入したもう1人のスーパースター、ロナウドとの共存を求められることとなった。

 

  開幕戦は[4-2-3-1]のトップ下として先発し、可もなく不可もなくといったパフォーマンス。しかし、それだけでは現在のユベントスでレギュラーの座を掴むのは難しい。

 

  指揮官のマッシミリアーノ・アッレグリは例えスター選手であろうとコンディションの上がっていない選手を試合に使うことはしない。練習でしっかりと自身をアピールし、準備ができている者だけをピッチに送り出す監督だ。

 

  未だコンディションの上がりきっていなかったディバラは続くラツィオ戦、パルマ戦と先発に名を連ねることはなく、チームが基本システムをトップ下を置かない[4-3-3]へと固めていくその過程で彼は徐々に出場時間を減らしていった。

 

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  しかし、もしこれで彼が腐るような選手であったのなら彼は現在欧州の頂きを目指して邁進するクラブでエースナンバーである背番号「10」を託されてなどいなかっただろう。

 

  リーグ戦3試合を終えて代表ウィーク迎えた9月。ディバラは代表チームの活動のため他の選手たちと同様チームを離れた。そして親善試合のコロンビア戦の後、メディアにコメントを求められた彼はこう語った。

 

  「ぼくはユベントスに戻って次の試合の準備をする。UEFAチャンピオンズリーグバレンシア戦も控えているし、万全の準備をしなければいけない」

 

  彼は先を見据えながら「ぼくらは常にベストを尽くす必要がある。シーズンは長いんだからね」と続け、ただ前だけを向いていた。

 

  世の中というのは不思議なもので、例え努力が結果に現れなかったとしても、その努力を見てくれている人間は必ずいる。

 

  代表ウィーク直前のパルマ戦で最後の15分だけプレーしたディバラを指揮官はちゃんと評価していた。

 

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  「パウロは15分という時間の中で多彩なアプローチをしていたね。私は非常に満足しているよ。彼がこれまでプレーしなかったのは技術面やフォーメーションによる選択だ。彼の持つクオリティーに疑いの余地はないよ」

 

  そう語ったアッレグリは次節のサッスオーロ戦でディバラを先発させた。スタート位置は右のウイングだが、前線のマリオ・マンジュキッチ、そしてロナウドと流動的にポジションを入れ替えながら攻撃に絡みチームの勝利に貢献した。ただ、ゴールだけは遠かった。

 

  続くCLバレンシア戦はサッスオーロ戦で負った左足の負傷の影響もあってか先発からは外れ、ベンチで試合の様子を見守ることとなった。この試合は前半の早い時間帯でロナウドが疑惑の判定で退場処分を受けた影響もあり、安易に攻撃的な布陣に変更することは出来ず出番は回ってこなかった。

 

  また、この試合で先発したシーズン開幕から好調を維持する俊英、フェデリコ・ベルナルデスキはこの日も最高のパフォーマンスを見せチームの勝利に貢献した。

 

  今シーズン未だゴールから遠ざかっているディバラの目に同い年の同僚の活躍がどう映っていたかは想像に難くないだろう。

 

  続く第5節のフロジノーネ戦、ディバラはトップ下としてフル出場を果たした。やはり彼は中盤と前線を繋ぐリンクマンのような動きに長けており、適正ポジションは右サイドではなく“ここ”であるように思えた。

 

  前線を自由に動きまわり味方のパスを受けてはチャンスに繋がるパスを出し、時には味方のビルドアップの助けとなるために中盤まで下がって新たなパスコースを提供する。この日のパフォーマンスも上々のものではあった。

 

  ただ、この日もゴールを奪ったのは途中出場のベルナルデスキだった。

 

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  攻撃的なポジションでプレーする選手というのはやはりどうしてもゴールという目に見える結果を求められてしまう。そしてティフォージもそれを求めてしまう。その点ではベルナルデスキの方に分があった。

 

  心なしか、近頃のディバラのプレーからは焦りのようなものを感じることが時々あった。

 

  「今シーズンの布陣の最適解は[4-3-3]、ディバラのポジションはない」

 

  そういったメディアやネット上の声が彼をそうさせてしまっていたのかもしれない。

 

  そんな状況の中で迎えたボローニャ戦。過密日程をこなさなければならないユベントスはいつもと布陣を変えて[3-5-2]の陣形を採用した。ディバラは2試合連続の先発出場。ロナウドと2トップを組む形で試合に臨む。

 

  すると前半が始まって間もない頃、レオナルド・ボヌッチからため息の出るほどの鮮やかなロングフィードが放たれた。それに誰よりも速く反応したのがディバラだった。

 

  彼は宙に浮いたボールを横を並走していたチームメイトのブレーズ・マテュイディへと頭で落とす。そしてマテュイディが右足を振り抜く。それは相手ゴールキーパーの腕に当たり再び宙を舞い、ディバラの目の前に落ちていく。

 

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  彼はそれが地面に落ちるのを見届ける前に利き足とは逆のもう一方の足で豪快に叩いた。

 

  アリアンツ・スタジアムが一斉にどよめいた。

 

  どんなに不恰好でもいい。泥臭くたっていい。正真正銘、これが紛れもないパウロ・ディバラの今シーズン初ゴールだ。

 

  彼は顔がしわくちゃになるぐらいにグッと顔に力を入れ、握っていた拳で見えない天井を思いっきり突き上げるかのように大きなガッツポーズをして喜びを爆発させた。

 

  今までの彼にとってはこれまで挙げてきた数ある得点の内の一つに過ぎないものだったかもしれない。しかし、今シーズンの彼にとっては自身を縛り付けていた重圧を振りほどくには大き過ぎる一点だった。

 

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  彼のゴールを祝うために集まったチームメイトたちに囲まれ、堪えていた涙が溢れ出る。

 

  「ヌメロ ディエーチー!!! パウロー!!!」

 

  スタジアムDJの声が響き渡りティフォージがそれに応える。

 

  「ディーバラー!!!!」

 

  トリノの郊外にあるこの建物を熱狂的な歓声と温かい拍手が包み込んだ。まるで、重圧から解放された彼に「おかえり」と言うように。

 

  試合後、ディバラはこう話す。

 

  「ぼくはチームのために常にベストを尽くしてやってきた。これまでも悪い試合はなかったとは思う。ただ、得点が足りなかったんだ。多くのユヴェンティーニからそれを求められていたことはわかっていたよ」

 

  彼は一点の曇りもない笑顔で続ける。

 

  「今夜の得点はぼくに自信を与えてくれるものになるだろうね」

 

  彼を縛りつけていたプレッシャーという名の鎖は既にちぎれ、この日流した涙と共に全て外へと流れ出た。彼を抑えつけるものはもう何もない。

 

  "La joya"(西語で"宝石"の意)と称されるこのダイヤモンドの原石はまだまだ輝き始めたばかりだ。

 

  彼がいつか真の輝きを放つとき、ユベントスは悲願であるビッグイアーを獲得することができるだろう。

 

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  パウロ・ディバラの冒険はまだまだ続く。