コラム : さらなる高みを目指して、ヴォイチェフ・シュチェスニーの決意

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  森林伐採を終えて、立派に育った成木の切り株や根元からは蘖(ひこばえ)と呼ばれる新たな命が芽吹く。それはやがて成長し、より逞ましい樹木となる。


  偉大な先人たちが築いた歴史あるクラブ、ユベントス。この白と黒で染められた樹々の群れは、そのひとつひとつが立派な大樹として生涯を全うした後、次の世代へとバトンを渡し、新たな芽が育つための環境を作り上げていく。


  昨季終了後、ジャンルイジ・ブッフォンクラウディオ・マルキージオらビアンコネーロを象徴するジョカトーレがクラブを去っていった。


  彼らは一人の選手として、そして一人の人間として模範的な態度を示し、“Fino alla fine”の精神を次世代へと伝える役目を果たした。


  その薫陶を受けた今季のユベントスは、クラブレコードを記録するほどの驚異的なペースで勝ち点を積み重ねている。


  敗北や引き分けが濃厚なゲームでも試合を諦めず、最後には強引に勝ちを引き寄せるその姿勢は紛れもなく先人たちの遺したそれの賜物だろう。


  そんなチームの中で、偉大なるカピターノ、ジジ・ブッフォンの後を引き継ぎ今季から正守護神を務めるのがポーランド代表のGKヴォイチェフ・シュチェスニーだ。


  17年間を老貴婦人(ユベントスの愛称)に捧げた前任者の後継となることに少なからずプレッシャーを受けることも懸念されたが、本人は「僕はネクスブッフォンにはなれないよ」と謙虚な姿勢を見せる。


  「僕がなれるのはユベントスの新しい背番号『1』ということだけさ。そしてゴールに飛んでくるボールを止めることだけだよ」


  そう語るシュチェスニーブッフォンの幻影に囚われることなく、自身の最善を尽くした新たなる背番号「1」の像を築きあげようとしている。


  冷静なポジショニングと飛び出しの判断、そして安定したセービング能力を兼ね備える彼はリーグでも屈指の実力者と言っても過言ではないだろう。


  そんなシュチェスニーの才能は母国の強豪レギア・ワルシャワによって見出され、そしてイングランドの雄アーセナルによって磨かれた。

 

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image@Central Telegraph


  2006年、ロンドンに居を構えるこのクラブに入団し、下部組織やリザーブチームで経験を積んだシュチェスニー。その活躍はやがて首脳陣の目に留まり、2008/09シーズンの最終節・ストーク・シティ戦にはトップチームにも招集されるなど着実に成長を遂げる。


  翌年、当時イングランド3部を戦うブレントフォードに半年間のレンタルで加入。移籍当初は降格も濃厚とされていたチームだったが、半年後には9位でシーズンを終え、その快進撃の立役者となった。


  そしてレンタル期間を終えた2010/11シーズン、チャンス行きの列車は彼の前に突然やってきた。


  アーセナルに復帰したシュチェスニーはウカシュ・ファビアンスキ、マヌエル・アルムニアらの控えとしてトップチームの第3GKとしてベンチを温める時間が続いた。


  しかし、両GKの負傷によって出場機会が回ってくると、そこから安定したパフォーマンスを披露。レギュラーに定着することとなった。


  そして翌年、アルムニアが退団した後は背番号「1」を託されるなど周囲からの信頼を実力で勝ち取って見せた。


  「シュチェスニーには判断力、俊敏性、鋭さが備わっている。以前から優秀な選手ではあったけど、彼は賢くて経験したことをすぐに習得してしまうんだ」


  「信頼していただけに彼が成長して、非常に強力なGKになってくれてとても満足しているよ。プレミアリーグでもトップ5に入るGKであると誰も疑わないだろうね」


  そう太鼓判を押すのは22年間アーセナルの指揮を執った若手抜擢に定評のあるフランスの巨匠、アーセン・ヴェンゲル氏だ。当時20歳だったこの逸材を信頼し、ピッチに送り出した同氏の英断は彼の才能により一層の磨きをかけることとなった。

 

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image@Daily Express


  しかし、上手くいっているときこそ勝って兜の緒を締めなければならない。成功を収めているとき、人というのは油断をしてしまう生き物なのかもしれない。


  当時24歳だった彼は、大きな過ちを犯してしまう。


  2014/15シーズン、プレミアリーグサウサンプトン戦に敗れた後、ロッカールームにてシュチェスニーの喫煙している姿が目撃された。


  もちろん喫煙という行為が法に触れているわけではないが、スポーツマンとしての振る舞いとして、それは褒められたことではない。


  この行動を問題視したクラブは彼に罰金を課し、さらにこの年に新加入したダビド・オスピナにレギュラーの座を奪われてしまうこととなった。


  また、この一件をキッカケに指揮官との確執も噂されるなど周囲の状況は一変した。そのうえ、翌年にアーセナルチェルシーからワールドクラスのGKペトル・チェフを獲得。


  シュチェスニーはこの2人の実力者に押し出される形でローマへとレンタル契約で旅立つこととなった。

  

  しかし、彼は恩師との不仲説を否定し、自身の犯した過ちから目を背けることなく向き合い、前を向く。


  「ヴェンゲルを恨んだことは一度もないよ。彼は僕の恩人なんだ。ロッカールームで喫煙したことは事実だけど、僕は自分の過ちについて責任をとってきたし何も問題にはなっていないよ」


  「誰もが僕が過ちを犯したことを知っている。でも僕は結果を受け入れてきた。ヴェンゲルはいつも僕にはっきりとした態度をとってきたし、僕は誠実な人間が誠実な扱いをされるべきだと信じている」


  過去と向き合い覚悟を決めたシュチェスニーは、レンタル先のローマでリーグ戦全試合に出場し安定したパフォーマンスを披露。チームのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得に大きく貢献した。

  

  さらに、2年目となる2016/17シーズンもリーグ戦フル出場を記録。このイタリアの名門のゴールマウスに君臨し続けた。

 

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  一方、ブッフォン退団の噂もにわかに囁かれていた当時のユベントスは、その後継に相応しい器を探している最中、ライバルクラブで異彩を放つこのポーランド代表GKに関心を寄せ、正式にオファーを提示することを決意する。


  ユベントス首脳陣はローマとは異なり、レンタルでの獲得ではなく完全移籍での獲得を希望した。つまり、このオファーを彼が受け入れることは、11年間という長い時を過ごした愛するクラブ、アーセナルを退団することを意味する。


  それでも彼は自身の成長のため、まだ見ぬ高みへと歩みを進める覚悟を決めた。


  「人生における新たなチャレンジのため、この素晴らしい思い出とたくさんの経験を携えて、僕は一歩を踏み出す」


  「全ての試合に勝利したい。そう思ってここに移籍することを決めた」


  自身にとって“特別なクラブ"との別れを惜しみつつも、新たな環境に身を投じることに意気込むシュチェスニーは、ユベントス在籍1年目となる2017/18シーズン、ブッフォンの控えという立場ながらリーグ戦17試合に出場。


  キャリア晩年となるカピターノの負担を減らし、7年連続となるスクデット獲得の大きな原動力となった。

 

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  「例え第2GKだったとしても、今までのキャリアの中で最高のシーズンとなったよ。なんたって最高のレジェンドから学ぶ機会を得たんだからね」


  当時のブッフォンと過ごした日々を懐かしむ彼は、今季からこの偉大なるカピターノが身につけた背番号「1」を継承し、ビアンコネーロの正守護神の座に就く。


  「彼の次にゴールを守ることは簡単なことではないと思っている。不用意なミスなんて出来ないしね。でも、そんな気持ちではユベントスのGKは務まらないよ」


  「全力を尽くし、相手に得点を許さない。それこそが今自分がするべきことだ」


  かつて愚行を犯し、チームでの居場所を失った頃の未熟なメンタリティは今やもう、その芯までもが白と黒色に染まっている。


  今季初黒星を喫したCLグループステージ第4節・マンチェスター・ユナイテッド戦の出来事がいい例だ。


  シュチェスニーは相手方のOBに"チーム唯一の弱点"と揶揄され、非難の的となった。


  それでも、その4日後に行われたセリエA第12節・ミラン戦ではゴンサロ・イグアインのPKをストップし自軍の勝利に貢献。


  周囲の"雑音"を口を開くことなく、結果を出すことで掻き消してみせた。

 

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  無論、これまでの彼のプレーを見てきたティフォージであれば、シュチェスニーがチームの弱点ではないことなど重々承知しているだろう。


  実際、ネット上ではこの「弱点」発言に抗議する声も散見された。


  それでもこの発言に言及することなく、行動で自身の存在価値を証明してみせたミラン戦でのパフォーマンスからは漢気を感じずにはいられない。


  ゴールキーパーというのは、たったワンプレーで「勝利を呼び込む英雄」にもなり得るし、対照的に「敗北のきっかけを生んだ戦犯」にもなり得る難しいポジションだ。


  競争の激しいプロの世界ともなれば、その肩にかかるプレッシャーの程は想像に難くないだろう。


  そんな重圧と日々戦いながら、彼らは今日を生きている。


  1年前、フットボールの歴史に名を残すレジェンドに背中を任されたこのユベントスの新たなる背番号「1」は、前任者から多くのもの学び、そして受け継ぎ、さらなる高みへと一歩を踏み出した。

 

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  生ける伝説、ジジ・ブッフォンの残した小さな蘖は、色鮮やかな青葉を揺らしながらすくすくとその丈を伸ばし、青空へ向かって上へ上へと立派に成長を続けている。